【雪窯 高見佑樹さん】枠にとらわれない生き方でたどり着いた"雪窯"のうつわ

ヨーロッパのアンティークを思わせるシックな佇まいに、しっとりとした美しい質感を纏う「雪窯(ゆきがま)」の器。
兵庫県明石市に工房を構える陶芸家・高見佑樹さんが生み出す作品には、使い手の創造力を掻き立てる独特の余白があります。

一言では語りきれない多彩なバックグラウンドと、自らの「手」で人生を切り拓いていく圧倒的なエネルギー。
そんな高見さんに、ものづくりの原点から食と器の美しい関係について、じっくりとお話を伺いました。

実は、大の料理好きでもある高見さん。
お宅にお伺いした際には、まるで本格レストランのような、味はもちろん見た目も息をのむほど美しいランチのコース料理を自ら振る舞ってくださいました。 

>> 雪窯さんの作品はこちらからご覧いただけます。


-美味しいお料理、ご馳走様でした。本当にプロ顔負けのお料理の腕前ですが、料理が好きになったきっかけというのは?


母親がそろばんの先生で、週に3日教室を開いていたんです。父親は大工ですし、当時はまだ珍しかった共働きの家庭でした。
なので、母親が下ごしらえだけしておいてくれたものを、学校から帰ってきた僕が仕上げをして夜ご飯を完成させる、という家庭内の役割があったんです。
それが単純に楽しくて。もともと食べるのが大好きだったので、外に美味しいものを食べに行っては「これ、どうやって作ってるんやろう?これとこれを組み合わせたらこの味になるかな」と自分で研究して再現するのが面白かったんですよね。


-日々の生活の必要性の中から、料理の楽しさに目覚めていかれたのですね。


そうですね、今も我が家では僕が料理担当なんですね。
自分で作れば確実に美味しいものが食べられますし、こうやって家に人が来てくれた時に「おもてなしする」という言い訳があれば、ちょっと張り切って良い食材をたくさん買い込めますからね(笑)


家具、たこ焼き、そして土の世界へ。いくつもの表現を経た「ものづくり」

-ここからは、アトリエに場所を移して高見さんのこれまでの歩みについてお伺いしていこうと思います。現在は兵庫県・明石市にお住まいですが、生まれ育ちもこの場所なのですか?


はい。生まれも育ちもずっと明石です。実家がここなので、中学も高校も地元の学校に通っていました。
ただ高校のクラスが進学クラスで、周りはみんな工学部とかに進むような、誰も芸大とかを受けないような環境だったんです。
そんな中で、何か自分だけ向いている方向が違うなと感じていて。


-周りと違う方向、というのは?


昔から物作りが好きで、手先は多分器用だったんですよね。
だから在学中も漠然と実際に手を動かして何かを作るようなことをしたいと思っていて、いよいよ3年の冬になってセンター試験を受けたあたりから
「いや、自分はやっぱり芸術系に行きたい」と、そこで急に思い立ったんです。
そのあと受験した芸術工科大学は面接に重きを置いている学校だったので、
昔から釣りが趣味で、自分で作っていたルアーを持って行って、それにかける思いを熱く語りました(笑)
出来にも自信があったし、その熱意が伝わったのか無事合格できました。


-ポートフォリオとして自作のルアーを持参される受験生はなかなか珍しいですね(笑)。大学ではどのような分野を学ばれたのですか?


環境デザイン学科というところで、建築全般だけでなく都市計画や公園といったランドスケープデザインも含めて幅広く学びました。
父親が大工をやっていたので、小学校の時から「将来は大工になりたいな」と思っていた時もあって、建築系に進むこと自体は自分の中でとても自然で違和感なく学べましたね。



-お父様の影響も大きかったのですね。大学を卒業されてからは、どのような活動をされていたのですか?


実は卒業する前から、古い家具を買い付けて、自分なりに見せ方を変えて販売するようなことをしていました。
ボロボロで売られている家具に少し手を加えて、ミッドセンチュリーな雰囲気の要素を入れて提案するんです。
昔から、家具とか生活に関わるようなことはやっぱり好きだったんですよね。


-在学中からすでに、ご自身の視点でモノを提案する活動をされていたのですね。


ただ、そういった専門の業者がどんどん増えてきて逆に仕入れが難しくなってしまったんです。
そこで違うジャンルを探そうと、アルバイトで200万円くらいお金を貯めて買い付けのつもりでイギリスに行ったんです。『アーコール』というかっこいい椅子があるのですが、それを仕入れたくて。
でも、当時のイギリスは物価がめちゃくちゃ高くて、3ヶ月くらい滞在したらお金がなくなって帰ってくる羽目に(笑)
ますます「これは長くは続けられんな」と思っていた時に、大きい車を持っていたこともあって、ずっと興味のあった飲食を始めようと、移動販売のたこ焼き屋を立ち上げました。  


-ここでたこ焼き屋さん、ですか!  


はい。この辺りは明石焼きが有名で、僕も大好きだったんです。
当時明石焼きをソースで味付けしてすごく美味しいお店があって、自分も同じように生地をベースにしながら、中に豚キムチを入れてみたりインドカレーを入れてみたり、ちょっと尖ったアレンジをして販売していました。
今みたいに移動販売の車が全然ない時代だったので、それなりに売れて楽しかったですね。ただ、やっぱりどこか的屋的なところもあって、「これだけでずっと食っていくのはしんどいな」という思いがずっとありました。
料理は好きだしお店もやりたいけれど、たこ焼き一品を作るだけでも仕込みの時間や労力が凄まじくて、飲食店を商売として長く続ける厳しさも痛感していました。



-料理には関わりたいけれど、一般的な飲食ビジネスとは違う表現を探されていたのですね。


ずっとアンテナを張っていましたね。そのたこ焼き屋をやっている頃に結婚したのですが、妻と一緒に料理好きが高じて器を買い集めるようになって。色々な器を見ているうちに「こういうのを作りたい!」と思ったんです(笑)
それで近くに陶芸教室がないか探して行き着いたのが、加古川にある『陶工房 希器』でした。
今やものすごい人気陶芸家の児玉修治さんが当時は教えておられて、本当に素晴らしい師匠に出会えたタイミングでした。  

また仕入れの仕事は、モノが無くなったらそこで終わりですが、陶芸というものづくりは「0から1」を自分で生み出せる。
永遠に作り続けられるという圧倒的な強みを、陶芸に出会ったことで強く感じたんです。


-児玉修治さんのもとでの学びはいかがでしたか? 


未経験の私を本当に一から丁寧に教えていただきました。師匠とはずっと喋りながら情報交換などしていて。
工芸として世間とどう渡り合っていくか、トレンドをどう捉えるかという対等な話をたくさんできたという意味で、本当に得るものが大きかったです。


-単なる師弟関係を超えて、作家同士として刺激的な情報交換をされていたのですね。


そうなんです。児玉さんのもとで1年ほど学んだのですが、師匠は丹波で修行を積まれた方なので、本当にろくろの技術が凄くて、1ミリも狂わずに同じものを100個パッと作れちゃうんですよ。
それを見た時に、長年の経験の積み重ねがない自分には、ろくろだけで同じものを量産するのは無理だなと気づきました。
そこで「僕が量産をするなら型だな」と考えて、今度は石膏の型を勉強するために、大阪の交野市で鋳込みや石膏を教えている先生のもとで2週間ほど毎日通い詰めて、型の作り方を習得しました。


-そこから、現在の型を使った美しいフォルムの制作スタイルに繋がっていくのですね。  

はい。型を取り入れたことで、師匠とは全く違う作風のアプローチができるようになりました。
ただ、今でも作品にろくろを使用しているものもあります。デザートカップなどは上のお皿部分をろくろで作っていますね。 


結晶釉を掲げた『雪窯』の旗揚げと、ブランドを大きく変えた作風の転機


-その後、2016年頃からいよいよ独立への道を進まれるわけですが、「雪窯」というお名前にはどんな思いが込められているんですか?

僕は、最初から一貫して『結晶釉(けっしょうゆう)』という釉薬が大好きなんです。1200度という高い温度から徐々に冷えていく段階で、釉薬の中のマグネシウムやカルシウムといった成分が結晶化して表面にプツプツと浮き出てくるのですが、このツヤツヤしていないマットな質感がまるで雪のようだな、と思って「雪窯」に決めました。



-しっとりとした気品のある素晴らしい質感ですよね。ただ、独立当初の作品は今とはテイストが違っていましたね。


そうなんです。最初は北欧家具屋巡りをしていたときに出会った、スウェーデンの『フリーベリ』という陶芸家にものすごく影響を受けていました。
彼の作品は結晶釉が美しく流れて綺麗なグラデーションになっていて、曲線が本当に美しいんです。
「こんなのがやりたい!」と思って、当初は白っぽいベースに、淡いブルーやピンク、イエローといったパステル調の優しい色合いの器を作っていました。


上段奥にある淡いブルーのうつわなどが独立当初の作品たち


自分が料理をする人間なので、料理を邪魔せず一番合わせやすいのは白ベースだという思いもありましたしね。
でも、2018年に出展した静岡の『ARTS&CRAFT静岡手創り市』で、ガラリと意識が変わる出来事があって。


-どのようなことがあったのですか?


本当に全然売れなかったんです(笑)
自分の作風、そしてイベントに来て下さるお客様が求めているものとのバランス。そこにズレがあるのかもしれない、と。
師匠とかつて話していたような「工芸として世間とどう渡り合っていくか」を、改めて考え直すきっかけになったんです。

もともと北欧家具やイギリスのアンティークが大好きで、自分の生活にも一番馴染んでいる世界観だったので、カラフルな作品を作っている時からも、心のどこかで「いつかはこういうアンティーク調のものをやりたい」と思っていたんだと思います。
だから、作風を変えること自体は自分の中でとても自然な流れでした。2019年頃から本格的にアンティーク調へシフトしていきましたね。


-そして今の作風に落ち着くわけですね。以降手ごたえはいかがでしたか。


はい。大阪・梅田の百貨店のバイヤーさんとのご縁もできて、2021年の頭には個展をさせてもらえるまでになりました。 

-百貨店での個展開催なんて素晴らしいですね。作風のシフトは見事に大成功されたわけですが、不運にもこの時期はコロナ禍で世間が大混乱しているタイミングでもありました。


そうなんですよね。個展こそ開催できましたが、僕の主戦場だった全国の手作りイベントが軒並みなくなってしまったんです。
自分のフィールドがなくなってしまって、これからどうしようと考えた結果、なんと陶芸を一旦お休みして、家作りに走ってしまいました(笑)


-これまた驚きの行動に出られましたね!


一軒家を、丸3年かけて父と二人でフルリノベーションしたんです。
普通のちょっとしたリノベーションではなくて、何から何まで全部やり直しました。
電気工事をするためには資格が必要だったので、自分で勉強して免許も取りましたね。

高見さんが直接手掛けられたお宅(リビング・キッチン部分)


-一軒家をご自身の手で1から作り直すなんて、大工顔負けの規模ですね……!


 
妻には「器用貧乏」ってよく言われます(笑)
いろんなことに興味があって、何でもやりたくなっちゃうタイプなんですよね。でも、父親が大工だったこともありますし、実は父親がいくつか借家を持っていて、自分で直せる技術があれば将来アパートや貸家の管理も自分でできるなと思って。
良い物件があればまた自分で買って直して貸すこともできるし、これから先の人生を食べていくための強力な技術の引き出しが一つ増えたと思っています。
だから、今は陶器を一生懸命やっていますけど、また面白い物件が出てきたら、陶芸を休んで大工仕事に戻るかもしれないです。それは自分でも分からないですね(笑)。


-どこまでもフラットで、特定の枠に囚われない生き方が本当に素敵です。
お宅が完成された時期はちょうどコロナも落ち着き、そこで「雪窯」を再始動されたわけですね。 


はい、2025年のゴールデンウィークに開催された滋賀県の『信楽作家市』で再始動しました。その信楽の場所で、sui.の皆さんとのありがたい出会いとご縁をいただいたんです。


-そうですね、私たちは買い付けでイベントに訪れていて、そこで偶然雪窯さんの器に出合って一目惚れしてしまい、ご挨拶をさせていただいたのが始まりでした。


 

器は料理を引き立てる「額縁」。使い手であり、作り手であるからこその哲学

 

-日常的に料理の作り手であり、器の使い手である高見さんだからこそ、器作りにおいて大切にされているポイントはありますか?  


一番の根底にあるのは「器は料理を飾るためのもの。だからこそ、器は『額縁』であってほしい」ということです。
今作っている『オグトゴナル』シリーズのレリーフも、ヨーロッパの古い絵画にあるような植物などの有機的な模様の額縁からインスピレーションを受けています。
料理が主役で、器はそれを美しく引き立てる額縁。そこは一貫して心がけていることですね。


-雪窯の器を、どんな風に暮らしの中で使ってほしいですか?


 
特別な理想はないのですが、器って生活を豊かにできるアイテムだと思うんです。
お気に入りの特別な器を使うことで、普段通りの何気ない料理であっても、自分の暮らしが一段パッと豊かになったような満足感を味わえる。
そんな風に、日々の暮らしを豊かに楽しむために使ってもらえたら嬉しいですね。


-最後に、これから雪窯として、また高見さん個人として挑戦してみたいことがあればぜひ教えてください。


個人的なロマンはいろいろあります。新婚旅行で以前スペインの『サンセバスチャン』という都市に行ったんです。
そこは人口比に対するミシュランの星の数がものすごく多い、世界屈指のグルメ特化街で、現地には男の人だけが夜な夜な集まる料理の研究会(美食倶楽部)のような集まりがあるんですよ。
プロのシェフたちが集まって「こういう新しい食材を見つけた」とか「このお皿に合わせた方が綺麗だ」なんて情報交換をしていて、そういう大人の料理ロマンの場にすごく憧れがあって、いつか参加したり自分でもやってみたいなと思っています。


-お料理好きにはたまらないロマンですね!


あと、飲食店にも興味があります。
だから、将来自分が購入してフルリノベーションした一軒家で、お店の器はすべて雪窯のものを使って料理を提供する……そんな場所が後々作れたら最高だなと思っています。
先日もうちの器を買いに来てくれたフレンチのシェフがいたのですが、そういう色々なジャンルの知り合いをどんどん増やしていけたら、もっと面白いことができそうな気がしています。


-とても素敵です。そんなお店ができたら絶対に食べに行きますよ!では雪窯としての、作品作りの展望はいかがですか?


フレンチのシェフたちが思わず使いたくなるような、潔くてシンプルな大皿のラインも作ってみたいですね。
今のアンティーク調は少し向かない部分もあるので、料理人としての視点をさらに研ぎ澄ませて、新しい方向の皿にも挑戦したいです。


-高見さんのフラットで自由な生き方、そして料理への深い愛情そのものが、あの味わい深い器の美しさと確かな使い心地に繋がっているのだと深く納得しました。これからの展開も本当に楽しみです。





編集後記


せっかくの機会ですので、取材当日に高見さんが振る舞ってくださったお料理をご紹介いたします。


・明石ダコのカルパッチョ
・稲美町トウモロコシの冷製ポタージュ
・ラザニア
・鰆のポアレ~ラタトゥイユとじぃじの野菜添え~

地元の食材をふんだんに使った、見た目にも美しい本格的なランチコースでした。
「じぃじの野菜添え」とは、高見さんのご自宅の近くにあるご両親宅の家庭菜園で採れた野菜や果物を使ったもの。
お父様が丹精込めて育てていらっしゃる旬の恵みを、お料理に取り入れていらっしゃるそうです。

また本文でも触れたように、高見さんのご自宅はすべてご自身の手で手掛けられたものです。実際に伺った際にはあまりの仕上がりの美しさに、プロの施工業者による注文住宅ではないかと思わず疑ってしまうほど。

お会いするたびにその多才ぶりと探究心の深さに驚かされ、心から敬服してしまうのでした。


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